郡和子のコラム

2009年07月16日(木)

トリニティ実験から64年

1945年7月16日、ニューメキシコ州アラモゴードで世界初の核実験が行われた日です。
それから64年がたちました。
実験コードネームは「トリニティ」。爆弾コードネーム「ガジェット」(長崎に投下された「ファットマン」と同型のプルトニウム弾)です。

ところで、この実験のマンハッタン計画に関わった科学者グループのなかの一人、レオ・シラードが、日本に対する原爆の投下は重大な誤りだとするトルーマン大統領あての嘆願書をまとめていたことを改めて知る本に出会いました。
それは、2007年、アメリカのペンクラブが2年ごと最優秀ノンフィクション作品に授与する「ガルブレイス賞」を受賞したジェームズ・キャロルの書いた「戦争の家=ペンタゴン」です。(翻訳は仙台在住の大沼安史氏です。)

その本の中で、キャロル氏は、「自然の物理的な力を、破壊目的で解き放つ前例を作った国は、想像もつかない破壊の時代の扉を開いた責任を負うことになるだろう」という原爆による奇襲攻撃を阻もうとした「シラードの嘆願書」がトルーマン大統領へ届かなかった背景や、また、キョートが標的から外された経緯、原爆攻撃の真の目的について、様々な人々の証言をもとに論述しています。

更に、ペンタゴンが、第2次世界大戦、原爆投下、核の支配、冷戦を通じ、いかに権力を集めていったか、また、その後アメリカの戦争についてと、その力に歯止めをかけようとして挫折した多くの人たちの証言の記録です。

そのアメリカでオバマ大統領が誕生し「アメリカは核兵器の脅威を減らし、最終的にはなくすために、ロシアや各国と協力しながら指導力を発揮することが求められている」と、核兵器廃絶をめざす決意を示したことを嬉しく思いました。
そして、先日のイタリアサミットでは、核実験全面禁止条約(CTBT)の早期発効に向けた努力を促し、核兵器に使われる高濃縮ウランやプルトニウムなどの生産禁止をめざす「兵器用核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約」の早期の交渉開始が決められたとのニュース、とても嬉しくそう進めるべきと思いましたが、唯一の被爆国として日本がもっと強力にイニシアチブを取るべきだったと、麻生総理の存在感の薄さを残念にも思ったものです。

今後は核兵器廃絶のための国際交渉の実現に向け、世論と運動をいっそう盛り上げることが求められるでしょう。頑張らなくちゃと思います。

また、広島・長崎の被爆者の皆さんに、被爆者援護法の理念にのっとって救済を進めること、今の原爆認定制度の不適切な部分を改めること、被爆者の高齢化が進む中、もう待ったなし早期の解決が必要とこれまでも政府に働きかけを繰り返してきましたが、まだ、前進には至っていません。これも力を注がなければなりません。

もうすぐまた、原爆の日がめぐってきます。
仙台でも20日、宮城県の原爆被害者追悼平和記念式典が予定されています。

ここにきて浮上した資料のあるなし、廃棄したしないの日米での核密約問題も含め、是非政権を担わせていただいたなら、建て前でない本音の議論ができる、そして、平和を守る命を守る、そんな政治にしてゆきたいと思います。 

トリニティ実験から64年目の誓いです。


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