郡和子のコラム

2016年10月21日(金)

国会の重み、解散権の重み。

臨時国会、衆議院は腰を据えじっくり審議を行うという状況になかなかなりません。

TPP特別委員会も、私が所属する年金問題が大きな争点の厚生労働委員会も、委員長職権で野党の合意を得ないまま委員会が開催されています。強い憤りを感じています。

国民の皆さんの疑問や不安に応えるために与野党合意のもと丁寧な議論を展開するのが国会の大きな役目ですが、それが出来ないのは、国会軽視、国民軽視と言わざるを得ません。

特にTPPを巡っては、臨時国会開会前にはアメリカ大統領選挙の前までに成立をさせると与党幹部からの発言があり、国会が始まれば、次々「強行採決」を巡る発言が相次いでいます。

これは、「日程ありき」で結論を急ぐ安倍政権の姿勢と無関係ではありません。

こうした中、永田町では与党側から強く「解散風」が吹き始めているのです。

定数削減・一票の格差問題で成立した「選挙区0増6減、比例0増4減」の衆議院定数を10議席削減する法律で、区割りの見直しが今行われており、その確定は来年5月なのですが・・・。

野党が審議に応じないということで解散になるのでしょうか、あるいは、ほかに何か大義があるのでしょうか。どうにも与党の抱える議員の身分を先延ばしするためとしか考えられません。

民主主義の進展で議会優位の構造が確立した北欧諸国では、「解散権」そのものを「制限」あるいは「廃止」するようになった国々があり、イギリスでも、2011年に「議会任期固定法」が成立して、内閣不信任決議に対する解散権の行使か、下院の3分の2以上の賛成による自主解散のみを認めることになりました。

「解散権は総理の専権事項」というところから一歩も出ない日本ですが、国会が機能しないまま政府の追随機関になって、政府与党の都合で解散と言うのでは、国政の重要問題について主権者たる国民の判断を待つという、そもそもの「解散権」の持つ「民主性」は損なわれてしまいます。

国会の重みと解散権の重みを、安倍総理はどうお考えなのでしょうか。


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