郡和子の日記

2011年06月11日(土)

2011年6月11日の日記

朝、東北電力の方々とともに仙台を出発して、各地を回りながら女川まで参りました。
沿岸部の地盤沈下は深刻で、浸水しているところが少なくありません。
がれきが野積みされているところが海のすぐ近くにもあり、台風が来たらまた波に流され散在しちゃうんじゃないか、そんな心配も致しました。
石巻では自衛隊の方々が不明者の捜索を続けておられました。

女川町では道路が30センチから50センチかさ上げされています。
車両が入りやすくなって作業が進んでいるとは地元の方のお話でした。
しかし、ビルの屋上にのった車は依然そのまま、鉄筋のビルが基礎部分から根こそぎ倒れている状況も震災後3カ月で大きな変化はありません。
この町に若い人たちにも住んでもらえるように3代先まで考えて土地をどうするか考えてほしい、と、地元の方から話をされました。

牡鹿半島沿いにいくつかの集落が点在していますが、いずれの浜も壊滅的被害です。
高台の狭い土地に仮設住宅の建設が進んでいましたが、海で生きてきた皆さんの職住分離は簡単ではありません。
それらをバスから見ながら女川原発へ。

シビアアクシデントに対応する訓練の様子を見させていただき、震災でのプラントの状況、そして被害状況など説明を受け見て回りました。
女川原発は原子炉建屋などの主要な建物は高さ13メートルの津波よりも高いところに立っていて直接の被害はなく、止める、冷やす、閉じ込めるがしっかり機能したといいます。
フクシマの教訓を生かすこと、緊急時の電源確保、冷却機能確保対策、津波の浸水防止対策に取り組み、震災時の女川原発の解析を強化し検証するとのこと。再稼働までには少なくとも1年はかかる見通しでだということです。

震災からちょうど3カ月、地震の起きた時間に被災地では黙とうがささげられました。


  • 雲雀野公園では高く瓦礫が積まれていました

  • 女川町立病院から町の全貌を再確認

  • 女川原発で震災当日の説明を聞きました

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